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Guest 北海道を訪れた今を輝くゲストのスペシャルインタビュー


ミュージシャン【THE★米騒動】石田愛実


騒動の果て、選択した結末

別れ際、「これでさよならですね」と呟いた彼女が微かに笑った。いつも大人のように冷めた表情から、ほんの一瞬だけ、素が覗いた気がした。類い稀なる感性と衝動そのままに、信じられないほどのスピードで、音楽シーンを一気に駆け抜けた彼ら。残された3枚の作品は、まるで鋭い爪でえぐる傷跡のようだ。彼らにとってその活動は栄光なのか、挫折なのか。けれど〈THE★米騒動〉は確かに今、ひとつの区切りを迎えた。 彼らが選択した結末を、僕らはただ受け入れることしかできない。でも、それは終わりじゃない。不安と期待を抱え、それぞれ別の新たなステージへと踏み出していく。10代から、大人へ。甘酸っぱいような、切ないような、あの頃の気持ちをふと思い出した。淡く儚い、遅い春が終わりを告げる。




インタビュー(May,2014)
石田 愛実 / 〈THE★米騒動〉(Vo&G)


>突然の活動休止発表に驚かされましたが、決断に至った経緯を聞かせてください。

石田:うちらにとっては、すごく自然なことだったんですよ。私はもともと〈THE★米騒動〉が長く続くバンドと思っていなかったし、最初から長生きするバンドとして始めていないのに、たまたま高校の軽音部で組んだバンドを、なぜか7年もやってしまったという感じで。ファーストアルバムを作れたのも、やっぱり大人の力が大きかったんですよね。今振り返ってみると、私的にはファーストを出すのが早過ぎたというか、もっとバンドとして成長してから、こういうバンドですというものを名刺的に出せたらよかったと思うんですよね。ファーストって高校1年生から高校3年生の卒業までの3年間の活動のベスト盤だったんですよ。たくさんのバンドが1年に1枚アルバムをリリースしてますけど「じゃあ次に1年以内にセカンドを出しましょう」ってレーベルから言われた時に、実力があがっている訳でもなかったので3年かけて作ってきたものより濃いものなんて作れるわけないじゃないですか。単純に制作期間を比べた時に、セカンドが希薄なものになってしまうのは当たり前なんですよ。私的にそれがもう葛藤で。「家政婦」とかライブで盛り上がる曲もありますけど、私、セカンドには嫌な思い出しかなくて。時間的な制約があって納得いかないと思いながらも必死に頑張ってリリースしたのに、挙げ句にはあんまり良くなかったってネットでも叩かれるし(笑)。その後に「サードはいつ作りますか?」という話になった時に、全然曲が書けなくなって。セカンドをリリースした後、1年で4曲しか作れなかったんですよ。それで、もう4曲しかできないし、バンドに煮詰まって、私が次の人生設計を考えたいから、これからは札幌だけでライブ活動したいとメンバーに伝えたら、沖田さん(B&Cho)が進学したいからバンドやめたいと思ってたと言い出して、それを聞いた坂本くん(Dr&Rap)が逆上して、「米騒動解散!」ってツイートして(笑)。その後、東京にライブに行った時に、そんな話をレーベルの〈UK.PROJECT〉へしに行ったら、社長の遠藤さんから「とりあえず、落ち着いて話をしよう」みたいな。

>そりゃ、言いますわ。
石田:「どう考えているのかを知りたい」って言われて、私はこうこう考えてて、バイトと音楽活動を平行してやっていて、お金も無いし、精神的にも疲れ果てたので、もうこれ以上バンドを続ける意味も感じなくなったし、〈THE★米騒動〉は絶対に売れないじゃないですかって。そしたら、社長はすごく理解のある人なんですけど、「米騒動のCDは売れてはいないけど、米騒動の音楽を必要としている人達はたくさんいるんだぞ」って。

>すごくできたお方ですね。
石田:それはわかりますけど、私だってバンドをやることで棒に振ってきたことはいっぱいあるわけですよ。でも、「今までライブに通ってくれて、ライブハウスを満員にしてくれて、バンドを追っかけてくれた人も実際にいてくれて、そういう人達に対してのお礼や礼儀として、ひとつちゃんとした作品を残した方がいいんじゃない」って言われて。確かに、今までサポートしてくれた人達や聴いてくれた人達、ライブへ来てくれた人達やお世話になった先輩バンドや一緒にライブやってくれた好きなバンドとかに、何かお礼はしたい気持ちはあったから、最後にアルバムを1枚作ることに決めて、それから曲を作りを始めたんですよ。3ヶ月後が締め切りだったんですけど、それに向かって10曲くらい出来て。この作品で終わると思って、私の気持ちの整理がついたら、バンド内の雰囲気とかも全然違ってきて、久しぶりに3人で笑いながら曲を作れるようになったし、やりたいことがやれたし、もう世間的な評価なんて関係ないじゃんって、言葉にはしなかったけど、全員が感じていたと思います。

>高校の頃のような自由さや関係を取り戻せたのでしょうか?
石田:高校の時よりもっと自由でした。レコーディングもファーストと同じ場所で岩田さんってエンジニアさんにやってもらって、メンバー全員の解放感が超異常で、今までで一番楽しかったですね。自分的にはお客さんのニーズとかも関係無しに解放された気分で、それがそのまま出ていて、今になって通して聴いてみても、音の抜け感とかも含め全部自分好みにできました。素っ裸の状態で出せたなって。すべてのことがプラスの方向に進んで、一番好きなアルバムになりました。「真直ぐ」という曲は、活動休止を決めてから作った最初の曲で、歌詞にも本当にそのまま素が出てます。鬱蒼とした気持ちのまま活動を続けてても、そんな作品は絶対にできないし、全員これがもう終わりだと気持ちの整理がついていたから作れたんですよね。これからどうしよう、どうなるんだろうって思いながら書いた曲ばかりなので、そういう意味での不安感っていうのはなんとなく漂ってるなと思います。

>『輝かしい未来へ』と前向きなタイトルなわりに、中身とギャップがあります。
石田:タイトルは、超ふざけて、うけを狙ってつけたんです。なのに、活動休止と一緒に発表したから、全然ギャグにならなくて。みんな「しゃあないか…」みたいな(笑)。

>今作は表現者として本当にやりたかったことや本音が見えた気がします。
石田:ファーストの『THE★米騒動』が全国の人に聴いてもらえる初めての作品だったんですけど、それが〈THE★米騒動〉のキャラクターになって。プログレっぽいこともやりつつ、低音が響いてるような図太い音を出しててみたいな、それが〈THE★米騒動〉だと思われていたし、自分でもそう思うんですよ。ただ、それにすごく縛られたのがセカンドだったし、曲を作る上でもネックになっていましたね。

>社会的なプレッシャーを感じて、押し出されたみたいな。
石田:レーベルの担当からも「もっとこういう曲を書いた方が良いんじゃない?」って言われるし、坂本からも、なんか違うとか言われて。実際に聴いてくれる人達からも、こういう曲を求めているんだろうなとか、なんとなく伝わってくるんですよ。ライブの反応とかでも、やっぱり4つ打ちの曲とか踊れる曲がウケるしってなった時に、じゃあ一体どういう曲を作ればいいんだ?って。自分の作りたい曲もあるけど、それだと〈THE★米騒動〉のパブリックイメージとちがってくるし、目に見えないプレッシャーも感じて。だったらもう〈THE★米騒動〉じゃなくてもいいって思ったんですよね。

>自分達の意志や表現とは別に求められるものがある?
石田:そう、それに応えていきたいとは思うんですけど、でも自分がやりたいこととは全然違うから。どうしたらいいんだろうと悩みながら、1年に4曲しか作れなくなった時に、私にはこのバンドを続けていくのは無理で。自分は今の音楽シーンには合っていないし、自分の好きなバンドもどんどん売れずに解散したりしていくし、閉塞感に押しつぶされてしまって。でも自分で自分に嘘はつきたくないし。なんかよくわからなくなって、もうやってる意味が無いように感じてしまって。あとはどんどん心が折れていくだけの状態だったんです。

>これまでの活動を振り返って、一番印象に残っていることは何ですか?
石田:2011年の3月にファーストのレコーディング中に震災にあったことですね。東京に行ってレコーディングを地下室でやっていたんですけど、1階でミックスの確認してた時に地震が起きたんですよ。それでテレビを付けてみたら、生放送で東北に津波が襲ってきていて。その後もずっと余震が続いていて、どうなるかわからないので、レコーディング中のバンドも全部、いったん帰って自宅待機という事になったんですけど、うちらは札幌だから帰れなくて。だから、本当はダメだったんですけど、とりあえずレコーディングだけはこっそり続けて。その時は町田に泊まっていたんですけど、会社がタクシーを頑張って手配してくれて、普段だと電車で20分くらいで着くところを、結局3時間以上かかって帰って。それから計画停電が始まって、ホテルも全部停電で。一日中電気来ないまま、電車も何も動いてないから、ホテルに缶詰で。店もどこもやってなくて、東京が全部ストップして。それが一番記憶に残ってますね。今年レコーディングで東京に行った時も、札幌と比べたら、たいした雪でもないのに電車が止まってしまって、大変な目にあって、やっぱり東京は相性があってないと思いました。それから、最後に作った「コケット」のミュージックヴィデオを大好きなホラー映画監督の白石晃司さんに作ってもらえたのも、とてもいい思い出です。放送上の規定で血まみれに出来なったのは残念でしたけど(笑)。

>バンドとしてはいかがですか?
石田:10代のバンドのオーディションの【閃光ライオット】のステージはやっぱり印象に残ってますね。札幌の『SPIRITUAL LOUNGE』のPAの安食さんの推薦で出たんですけど、最初は、ただの色モノ枠で入ってたような感覚で。例年、うちらみたいな変拍子使うバンドとか、ちょっと変なバンドとかが2バンドくらいいるんですよ(笑)。まあ、うちらもそういう感じで、しかも女の子だしくらいで呼ばれたんだろうと思ってたんですけど、それがファイナルステージに出られて、『東京ビッグサイト』で1万2000人の前だったんですよ。誰もうちらの音楽なんて良いと思ってないし、こんなの求めてねえだろうと思ったけど、それを見返したくて、ギターを最後に床に叩きつけてみたいな感じで思い切り演奏したんですよ。フタを開けてみたら優勝して、賞金の100万円を貰って。その時はやっぱり感動的だった。感動したっていうか…びっくりしました。でも、その時にはもう解散するのが決まってたんですよ。だから、やるだけやって止めようみたいな感じで、出演していて。優勝した後のインタビューでも「解散します!」って1万人の前で宣言していて。それを、大人達に引き留められて、私がメンバー2人を引き留めて、今に至ります。

>活動が勢いに乗って、その時の状況をご自身ではどう捉えられていましたか?
石田:トントン拍子にどんどん進んでいっちゃうなと思って。高校生なのに、大阪で〈くるり〉と対バンできたり、東京で〈グループ魂〉とやったり。でも、体が全然ついていかなかったですし。でも、やれることはやりたいと思ってたからやっていましたけど、別にマイナスな気持ちもありませんでした。

>北海道の大舞台【RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO】のステージにも立ちました。
石田:すごく良い経験をさせてもらいました。1年目は〈怒髪天〉の増子さんと〈the pillows〉の山中さんのふたりの企画で、「札幌の新人です」みたいな感じで出させてもらって、それはすごい楽しかったんですけど、2回目は盛り上がらなかったというか、お客さんもそれなりに観に来てくれていましたけど、良いライブができなかったし、自分の手応えもあまりなくて、そういう意味では心が折れた出演でした。でもフェスは全部面白かったですね。特に、うちらが初めて出たフェスが【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】で、真夏にいきなり茨城にあるひたちなかの広い公園にポンと連れて行かれて。まあ、100~200人くらい集まれば良いかなっていうメインステージから離れたところまで結局800人くらい来てくれて。うちらのライブも来たことないような人達なのに、物販で〈THE★米騒動〉のTシャツを買って着て、最前列で待っててくれたんですよ。本当に感動して、これは音楽に専念しよう!って、当時通っていた美術系の学校を休学する事に決めて。

>活動の中でそういうタイミングもあったんですね。
石田:ありました。でも、続けていくと邦楽ロック好きの中で甲乙つけられるじゃないですか。今の同世代のバンドとか、ガールズバンドでお洒落にやっているバンドとかと。やっぱり四つ打ちとか裏打ちやってるバンドの方が全然売れるし。マジでクソなバンドとか本当に空っぽなバンドでもどんどん売れていく中で、私はこの音楽業界では絶対にやっていけないと悟ったんですよ。東京ばかり見てないで、札幌の音楽シーンにも目を向けたいと思ったのが、札幌で留まって上京せずにバンドを続けていた理由のひとつでもあるんですけど、札幌の『KLUB COUNTER ACTION』で観ているバンドの方が全然格好良いから。オリコンに入って、売れて、バンと展開されてっていうのも確かに夢があることだと思うんですけど、私はそこに目的や意味を見い出せなかったんですよね。それが如実に枚数にも出ていたし、今の音楽業界じゃ食べていけないと痛感したのも大きいですね。

>【RSR】や各地フェスに出演して、ライブで東京と行き来してと、バンドマンが想い描く理想はかなり経験できたのでは?
石田:バンドが夢見るようなことはひと通りやれました。そういう部分でもやり切った感があったし、逆にそれ以上が見い出せなかったんですよね。ここからもう1~2年やって、その先に一体何が見えるんだろうと思い描いてみた時に。

>活動休止を決めたタイミングというのは、何かきっかけがあったんですか?
石田:私も20歳を超えた時に、自分の音楽では今の日本では絶対売れないと気づいたのもそうですし、賞味期限切れというか、若さを売りにして売れるようなバンドではもうやっていけないと思って。そうなった時にうちらの音楽ってどんな需要があるんだろうか考えてみても、そんなやり方を続けていたって全然先が見えないんですよ。今こうやってフリーターで、頑張って自分でお金を稼ぎながら月何回か東京に行って、ライブやって、わーってなって帰ってきてみたいのを繰り返すことに意味が無いように感じて。

>表現と折り合いをつけて、活動を長く続けてみようとは考えなかったんですか?
石田:もし私が男の子だったらやっていたかもしれないです。まわり関係なしに、どんな貧乏な生活していても、楽しいことを追っかけていたいと思えたかもしれないです。でも、きっと結婚もできないだろうし、子供も産めないし、まともに働きもできないだろうなって考えた時に、もっとやりたいことがあるんじゃないかって思ったんですよね。バンドのために美術の大学行くのも諦めたし、20歳過ぎても親にも金銭的に負担をかけてしまっているし、いつもバイトで忙しいのに、お金が無いっていう自分の現状を冷静に見つめ直した時に、自分達の音楽を職業として食べていくことは出来ないと思って。

>まわりからどんなに「頑張れ」と励まされても、結局は他人事になってしまいますね。
石田:「代わってみろや!」って言いたくなりますね(笑)。死ぬまで夢を追いかけている人に言われるならまだわかりますけど、特に音楽業界の人に対してはそう思います。特にメジャー・レーベルの人達とかも言いたい放題言いますけど、アーティストが稼いだお金で、普通に毎月給料を貰って、土日休みの人達に言われても何も響かないですよね。何を言っているんだ、この人らは?って。

>解散の理由として、メンバーのおふたりは「安定を求めて」と発表されていますね。
石田:そうですね。全国を飛び回ったりとかはもうできないので。おかげさまで全国を回ってみて、札幌が一番好きだという確信も得られたし、東京へ移住しなくて本当に良かったです(笑)。

>“無期限活動休止”とされていますが、いつかはという期待はできますか?
石田:いや、解散です。『ROCKIN’ON JAPAN』にも「実質解散」って書かれていましたし(笑)。

>やり残したことは本当にもう無いですか?
石田:全く無いです。作品を残せて良かったなとしか思ってないです。未練も何も無いですね。

>バッサリ言い切りますね。でも、表現する場を失った感は無いですか?
石田:全然無いですね。もう、ツラくてツラくてみたいな感じだったので、やっと解放されて、ホッとしてます。でも、音楽は続けます。次のバンドのメンバーはもう決まっていて、まだ構想くらいしか決まっていないんですけど。その子が社会人なので、歩幅を合わせながらやっていきます。ちょっとハードコアぽい感じで、自分が格好良いと思える音楽を発信していきたくて。高校1年生の時に音楽をやり始めた理由に、やっぱり反骨精神というか、本当にちっちゃいことですけど、親とか社会に鬱憤が溜まってロックを聴き始めたわけで、今もそれの延長線上にいて、私が会社で働き始めた時に、また音楽を求めたくなる時が必ず来ると思うんですよ。今はもう近くにありすぎて、存在価値もわからないし、どうして音楽をやっているのか、迷ってしまったからいったん辞めるですけど。そこから離れて、別のことに全力で挑戦していった時に、逃げ道を求めるのはやっぱり音楽しかないという確信があるので、音楽は絶対に止められないと思います。実際、就活にも役立ちましたし(笑)。

>(笑)。就職はもう決まっているんですか?
石田:いろいろ面接受けた中で、ようやく広告代理店の内定をもらうことが出来て、6月から働きます。土日の休みを利用して、新しいバンドもはじめて、仕事上でのストレスをスタジオで大きい音出して発散しようと思っています。知り合いからは「3年後には仕事やめて、またバンドやってるんじゃないの?」って言われましたが、今はどちらも頑張ろうと思っています(笑)。



3rdアルバム『輝かしい未来へ』
WRT-003 / ¥2,000(tax out)



【THE★米騒動】
メンバーは、石田愛実(Vo&Gt)、沖田笙子(Ba&Cho)、坂本タイキ(Dr&Rap)。1992年生まれの3ピースバンド。2008年、北海道・札幌平岸高等学校の軽音楽部にて結成。札幌を中心にライブ活動開始。2010年夏、【閃光ライオット2010】にてグランプリを獲得。2011年6月、1stミニアルバム『どうでもいい芸術』をリリース。2012年7月、2ndミニアルバム『十九歳でぜんぶ終わる』をリリース。2014年5月、3rdミニアルバム「輝かしい未来へ」をリリース。5月のライブにて無期限活動休止。
オフィシャルサイト:http://the-komesodo.daa.jp



text:Pilot Publishing / photograph:Hideki Akita(TOOTOOTOO studio)
May,2014




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